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堂山レディースクリニックを立ち上げて15年の思い

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2018.09.03


ここ堂山町にクリニックを開設して、満15年が経ちます。開設する際に描いていたクリニックに対するイメージと、15年経った現在と、果たしてイメージどおりか否か、最近よく考えるようになりました。自分の描くイメージとは、どんなものかを言葉で表現することが難しいのですが、その原点が、研修医3年目、4年目を過ごした沖縄の石垣島というところの離島医療にあるということに、私は確信があります。

当時この島では、年間600例から700例の分娩があり、私の所属していた県立病院で、私含め産科医2名、ほかの開業されていた産婦人科医師1名、のみだったため、産婦人科医3人でこれだけの分娩と婦人科一般の診療をおこなわなければならないという状況でした。そのため、夜中に赤ちゃんが3人同時進行で生まれて、明けてその朝、外来診療して昼から婦人科手術3件するとか、外来の最中に緊急帝王切開でやむなく患者さんに帰ってもらったとか、40度発熱しながら外来していたなど、結構大変なことも多かったなと今は思います。離島ならではの自衛隊のヘリでの緊急搬送や、輸血用の血液が足りない、さらに、しばしば台風が直撃するので外来診療できず、その翌日の外来が野戦病院状態だったとか、思い起こせば、離島でないと経験できない医者としてのしんどさと、また同時に、貴重な財産を、この島からたくさんもらったと思います。そしてそのことに本当に感謝しています。

医師としての研鑽以外に、この島では、患者さんとの交流の熱いエピソードも満載でした。医者が少なくて我々の大変さを理解してくれてか、2時間待ちの外来や、外来中の緊急手術で帰ってもらったなど、患者さんからクレームをいただいてもおかしくないような状況なのに、お叱りを受けたことなど一度もありませんでした。それどころか、仕事が終わって、家に帰ると、玄関先に採れたての野菜や、海で取ってきてくださったサザエや魚が置かれていたりで、地元の方と、本当に暖かい触れ合いがもてたと思います。買い物をしていても、外食していても、必ず患者さんとお会いして、挨拶を交わすというような毎日でした。いよいよ2年の離島医療が終わって、大阪に帰るときは、週末3日もかけて浜で送別会をしてくださって、私にとってかけがえのない人生の日々でした。

15年前にクリニックを開設するにあたり、私は、あの石垣島での経験を活かした医療を大阪のド真ん中、梅田で、なんとかやれないものかと考えました。
それから、あっという間でがむしゃらの15年。果たして思い描いた理想の医療は実現できたのでしょうか。時代の流れや地域性の違いもあり、難しいことも多々ありましたが、患者さんの期待にこたえられるような、繊細で行き届いた、そして温かみのある、人間味あふれた医療を、患者さんに提供できているだろうか。

答えは、自己採点にはありませんので、患者さんに答えていただくしかないと思っています。毎日毎日、緊張と反省ばかりの日が続きます。

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